パストラル(J.ロドリーゴ)

ホアキン・ロドリーゴ(1901-1999)の代表作は《アランフェスの協奏曲》であることに異論はないと思うが、ギター独奏曲にも傑作が多い。第1回パリ国際ギターコンクール作曲部門で優勝した《祈りと踊り》は私も一時期頻繁に演奏していたし、《小麦畑で》は小学生の時に受けた第32回九州ギター音楽コンクールの本選課題曲だった(魅力がよく分からずに弾いていた)。

小説の中にはソナタジョコーサやトッカータも登場しているが、今回は曲調、演奏時間などを考慮して《パストラル》を選んだ。’97年発表の村治佳織さんのロドリーゴ作品集のアルバムタイトルにもなっている、賛美歌のような美しい旋律と、ところどころスパイスのように効いているロドリーゴ風味の不協和音が特徴の小品。

全ては薄明かりの中で(武満 徹)

日本を代表する作曲家、武満 徹(1930-1996)がイギリスの巨匠、ジュリアン・ブリーム(1933-)の委嘱によって書いたギター独奏作品。日本初演は1988年11月5日サントリーホールにてブリームによって行われた。

その2日後の行われた武満、ブリーム両氏の対談のなかで

T …それはたまたまブリームさんからギターの曲を書いてみないかという話をうかがった時、旅行をしてニューヨークにいたんですけど、ニューヨークの近代美術館でパウル・クレーの素晴らしい展覧会があったんですね。僕は昔からパウル・クレーが大好きなんですけれど、あんなにたくさんの作品が一堂に会したというのは珍しい展覧会でした。その中で一つもう本当に好きな絵があったんです。そのタイトルがもちろんドイツ語で付けられていたんですけれども 英訳では”All in Twilight”というんです。小さな絵でしたけれども、それを見た時にその時僕はギターの曲を考えていたので、めったにないことなんですが、ハッとひらめいたんです。 この “All in Twilight” というのを書きたい。何かこう微妙な乳白色をしていました。僕の記憶の中にあるブルームさんの音の温度とその絵がぴったりだったんです。(現代ギター No.279 1989年1月号 p.40)

と武満は語っている。

4つのパートから成っているが今回は自然、人工の両ハーモニックス奏法と陰影に富んだ和音、時折かすめる断片のような旋律が印象的なⅠと、穏やかな時の流れの中に甘い不安とほろ苦い幸福感を覚えるⅣを演奏する。

全曲に亘って右手の弾弦位置(sul tast:指板寄りで、sul ponticello:ブリッジ寄りで)が細かく指定されているが、これは委嘱者のJ.ブリームの演奏スタイルが反映されている。

ガヴォットショーロ(H.ヴィラ=ロボス)

こういう時には、何を弾くべきなのだろうかと考えた…自然と、耳の奥で音楽が鳴り始めて彼はギターを構えた。そしてヴィラ=ロボスの《ブラジル民謡組曲》の中から《ガヴォット・ショーロ》を演奏した。5分ほどの質朴な温かみのある曲で、彼は、ソファで足を組んで、寛いで演奏した。ガヴォットだから、元々は2拍子の踊るための曲だが、彼は、幾人かの親しい友人たちが、ゆったりと流れる午後の時間の中で、気軽な談笑に耽っている光景を思い描いた。そんなふうにこの曲を解釈したのは、初めてだった。

彼自身が、最近の何か面白い出来事を語り始めたギターに、微笑みながら耳を傾けているような気分だった。相槌を打ちながら、まさかと驚いたり、神妙に聞き入ったり、へぇと感心したり。….最後のハーモニクスの一音を蒔野は彼女を笑顔にさせるまじないか何かのように稚気を含んだタッチで響かせた。(p.140-141)

チラシに間違えて載せていました!ガボット・ロンド(それはバッハの無伴奏ヴァイオリンパルティータ第3番や今回後半で演奏する無伴奏チェロ組曲No.5)ではなくガヴォット・ショーロです。
ブラジルの大作曲家、エイトル・ヴィラ=ロボスが作曲した《ブラジル民衆組曲》の4曲目(1曲目:マズルカ・ショーロ、2曲目:ショティッシュ・ショーロ、3曲目:ヴァルサ・ショーロ、5曲目:ショリーニョ)。

「ショーロ」とはボサノバが興る以前のブラジルで流行していた音楽の形態。ショーロという名前は、ポルトガル語で「泣く」を意味する「chorar」からついたと言われている。 主に使われる楽器としては南米らしくギターは欠かせないが、フルートやカヴァキーニョ、パンデイロ、バンドリンといった楽器とのアンサンブルが基本。

ガヴォットはバロック時代に流行したフランス起源のダンス。バロック時代の組曲中の一曲としてもよく用いられる。

ショーロの多くはA-B-A-C-Aという三部形式の構造になっているが、ヴィラ=ロボスがガヴォットのリズムを借りて作曲したこの曲も例に漏れない。

黒いデカメロン(L.ブローウェル)

《黒いデカメロン》の一曲目〈戦士のハープ〉が、緊迫した、ほとんど魔術的なほどに広大な2オクターブの跳躍で始まると、 ….(p.394)

キューバの作曲家L.ブローウェル(1939-)の人気曲。一時期、コンクールの自由曲として多くの人が弾いていたので天の邪鬼な私は手をつけていなかった。

ボッカチオのデカメロンのアフリカ版としてドイツの人文学者L.フロベニウス(1873 – 1938 )が書いた「黒いデカメロン」を題材にしている。

5/8という不安定な拍子のなかで不穏なハーモニーのアルペジオと美しいメロディーが絶妙なコントラストを織り成す1曲目「戦士の竪琴」、
谷間に反響する叫び声のようなモチーフ、

反復しながら表情を変えていくモチーフ、

叫び声のモチーフがエコーするなか逃走しているかのような場面

から成る2曲目「こだまの谷を逃げる恋人たち」、

シンコペーションが効いたリズムがアフリカらしさを醸し出す3曲目「恋する乙女のバラード」の3曲からできている。

リサイタル概要





「マチネの終わりに」にはたくさんのクラシックギター曲が登場します。主人公、蒔野聡史がクラシックギタリストだから当然と言えば当然です。
小説の冒頭もサントリーホールでのコンサートのシーンです。途中にも国際ギターフェスティバルだったり、プライベートな場面だったりで蒔野が、また別のギタリストだったりが演奏する設定になっています。
そして第9章ラストシーンがニューヨークのマーキンコンサートホールでのマチネ(昼間)公演、そしてそのコンサートの後にセントラルパークで洋子と…
このコンサートをニューヨークではありませんが、福岡のあいれふホールで蒔野でも福山雅治でもありませんが橋口武史が再現してみよう、というのがコンセプトです。



プログラムの第一部は、ブローウェルの三部構成の名曲「黒いデカメロン」に始まり
ヴィラ=ロボス、武満徹、ロドリーゴと続いて再びブローウェルのソナタで締め括られる構成だった(p.394)



真ん中の3曲は作曲者だけで曲名までは言及されていません。ブックスキューブリックで「何にしようかなと悩んでるんです」と平野啓一郎さんに打ち明けたら、笑いながら「なんでもいいですよ。短い曲で休息してください」と言われましたのでお言葉に甘えて小品で。

物語の大事なシーンで蒔野が洋子のアパルトマンで演奏した(p.140)ヴィラロボスのガヴォットショーロを。

武満徹の作品は冒頭のコンサートでアンコールにイエスタデイが登場(p.10)しますが、これはアレンジものですのでやっぱりオリジナル作品をということでAll in Twilightから全曲だと休息にならないし、二曲目が5弦をGに下げないといけないので1、4曲目を。

ロドリーゴ作品は冒頭サントリーホールでアランフェスの協奏曲を演奏され(p.10)ていますが、さすがにコンチェルトは今回はできません。
また、台北国際ギターコンクールで



10代の参加者が二人もロドリーゴの超難曲「トッカータ」を選んだ(p.246)



という作品も登場します。
平野さんが交友のあるギタリストの面々に「一番難しい曲は何ですか?」と質問したところ、複数のギタリストから「ロドリーゴのトッカータ」という回答があったそうです。「だからってトッカータを弾いてくださいとは言いませんよ」と優しく言ってくださったので、村治佳織さんのロドリーゴ作品集アルバムのタイトルにもなっている「パストラル」を。



後半のプログラムであるバッハの無伴奏チェロ組曲はその代名詞のような第1番、難曲を以って知られる第5番、そして、セゴビア以来ギターの編曲としては最も親しまれている第3番が選ばれていた。(p.397)



バッハの無伴奏チェロ組曲はすたじおGで主催させてもらった、3年に渡る山下和仁さんの「福岡バッハシリーズ」が記憶に新しいですが、リサイタルの後半に3曲も弾くというのは時間的にもちょっと大変です。リピートはカットして長くなりすぎないようにしたいと思いますのでご心配なく。



物語をなるべく忠実に再現しようと思っていますが、アンコールは

ギターに手を掛けて、数秒間じっとしていた。それから彼は…を弾き始めた。その冒頭のアルペジオを聞いた瞬間、洋子の感情は…(p.400)

の「冒頭のアルペジオ」という部分だけを踏襲して別の曲を演奏しようと思っています。